2026/03/15

降矢洋子さんの追悼展に行ってきた


 3月12日、昨年90歳で永眠した降矢洋子さんの追悼展を見に国立コート・ギャラリーヘ行ってきた。

 かなり広い空間に、降矢さんが描いた油絵と版画がゆったりと並んでいて壮観だった。懐かしい絵もあって。これは80-90年ころ反アパルトヘイト運動が盛んだったころに、カレンダーになった絵だったなあ、とか、「ナイロビの売春婦」というタイトルの絵を含めた「反アパルトヘイト」の絵はがきセットを作って批判され、すごい議論になったり、とか。
 

 

 でも、わたしにとってはなんといっても、自分が初めて訳した本のカバーに作品を使わせていただいたことが忘れられない。

J・M・クッツェー『マイケル・K』

 単行本は筑摩書房から1989年に出版されて、2006年にちくま文庫に入った。(いまは岩波文庫になって作家の顔写真が使われている。)


 ギャラリーでは降矢さんの簡潔な年譜があり、歩いた道を大まかにたどる写真がスクリーンに次々と映し出されていくコーナーもあったり。入り口のテーブルに降矢さんの作品を絵はがきにしたものが四セットもあって。「自由にお持ち帰りください」とある。遠慮なくいただいてきた。なんと豪華な!

 初日にゆっくり作品を見せていただいたのはよかった。お嬢さんの降矢奈々さんともゆっくりお話ができて、充実した時間を過ごせた。降矢洋子というアーチストへの敬意がすみずみに感じられる素晴らしい追悼展。いまごろギャラリーでは「偲ぶ会」が開かれているのだろう。

 そうだ、あの原画を使ったカレンダーがあったはず、とゴソゴソやったら、出てきた出てきた。「'90 ANTI-APARTHEID 反アパルトヘイト、いまなにができる?」と書かれたカレンダーが。

 1988-1990年は、南アフリカが劇的に動いた年だった。非合法だった解放組織が合法化されて、その数日後にマンデラが釈放されたのが1990年2月、来日したのが10月。いろいろなことがあったなあ。

 70年代からアフリカに足繁く通った降矢さんにとって「アフリカ」とはなんだったんだろう、としきりと考える。

 秋田生まれの(初めて知った!)降矢さん、最後までキャンバスに向かって油絵を描いていた降矢さん、絶筆は庭の柘榴を描いた絵だったという。

お世話になりました。ありがとうございました! 心から! 🧡🧡🧡🧡🧡