2026/01/29

コレット・ドゥブレ淡彩画展を観に神保町まで行ってきた

 寒さの底を冷たい指が撫でる1月末です。

 ネット上にあふれる「気分はどれもこれもダウナー情報」に、自室にこもっていると精神衛生上よくないと思って、仕事に区切りをつけて出かけた。神保町へ。すずらん通りへ。

 まず文房具の老舗ミヤタで、入り口付近に並べてあった猫の絵の「こびんせん」を買う。それから通りを少し行ったティールームTAKANOで、ミルクティー用のセイロンティーの大袋を買う。シナモン入りのミルクティーでこの冬は越せそう! そしていよいよお目当ての文房堂へ。

 あれ、見慣れたファサードがない、、、と思ったら足場とシートですっぽり包まれて隠れていた。壁のお化粧直しなのね。櫓をくぐって店内へ。まっすぐエレベーターで3階の文房堂ギャラリーカフェへ向かう。

 コレット・ドゥブレ淡彩画展

翔びたつ女たち

 一枚一枚は画集で見るよりもちろん大きく(当たり前!)発色が鮮やかで細やかで(当然!)美しい。それでも不思議なことに、思った以上の差異は感じない。画集の制作プロセスで印刷にどれほど心を砕いたかに思いを馳せる。 


 ところが。これいいなあ、部屋に飾ってみたいなあ、と思った作品ほぼすべてに赤いシール(売約済)が貼られていたのだ。すごいや! まだ2日目とはいえ、出遅れ感が半端ない!(本当は昨日来る予定だったのに、、とぶつぶつ思いながらミルクティーを飲む。)やっぱりなあ、みんな目の付け所はそこか、と感じ入った。

 考えてみると、これは有名な西洋絵画の作品のなかから翔びたつ女たちを描いている(女たちを翔びたたせている)わけで、作品中の人物の存在感(激しい動き)が見るものにまっすぐビシッと刺さる。たとえばデューラーの「メランコリア」とか⎯でも、日本の文化って(とすみません、ここは一括りにするけど)淡いと間のたゆたいが好きだし、描かれたものの奥を読み取るのが好きだから、抽象的なもののほうが受け入れやすいのかもしれない。だって「翔びたつ女」がこっちへ向かって一直線に飛んでくるのはオッソロシイ🤭、まあそういう女たちには画集のなかにいてもらって。。。壁にはもう少し穏やかなものを。。。と考える人の方が多そうだ。おなじ動きでも横を向いているのは大丈夫なのかも😀。この理由づけは確かにわかる。

 使われているのは暖色系が多いけど、暖色と寒色が混じったのが💓いい。多色で飛沫のように描かれているのも動きがあって人気がありそう。

 お茶をいただいて、撮影OKとあったので、パチパチ何枚か写真を撮って、エレベーターで1Fへ戻る。そこで古いカメラの凸凹のついたバースデイカードと、「水仙月の4日」というタイトルのマスキングテープを買う。

 

 28日から始まったこの展覧会、2月3日までやってるそうです。ぜひ!
 今日は一人でゆっくり買い物日和でもあったけれど、やっぱり都心はあったかいなあ。電車を取り次いで東京西部戻ると、ツンとくる冷気につくづくそう感じる1月末、氷の指が弾き飛ばす立春はまだ少し先!


2026/01/01

新年おめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

 いったい何が待っているのやら、あたりを見まわしても、希望がもてそうなことが、残念ながら少ない。でも、まがりなりにも、ことばを吐く人間が、「絶望」なんて、恥ずかしくて口にはできない。

 諦めずに日々を迎えることに希望があるとしたら、みずから光を発していくしかないのだろうと、ハン・ガンのスピーチを思い出しながら考える。遠くにあるもうひとつの光を見つけて、そこへたどり着くための細い糸をのばしつづけること。

 東京のお正月はたいてい光にみちている。むかし、フランスからやってきた人が、東京の冬は小雨が降らない、陽の光がたくさん、と感激していたっけな。彼はそのとき笑顔だった。

 フランスでなくても、北海道の積雪地帯からやってきたわたしの記憶では、お正月はいつも雪が降っていた。おさないころは、お雑煮を食べたあとはやることもなくて、外へ出て降りしきる雪のなかにぼうっと立っていたりした。降る雪は見ていて飽きない。


 中学生になると、1月2日はスキーの板をかついで、隣町のスキー場へ行ったものだ。スキー場といっても名ばかりの、林のなかに開けたただの斜面。もちろんリフトなんかない。汗びっしょりになって横向きに斜面を上り、あっという間に滑り降りる。

 スキーはたったひとりで行うスポーツだ。隣にいたと思った人が、数分後には、いや、数秒後には、はるか彼方だ。みんなでワイワイという感覚はない。そこが好きだった。群れない。つるまない。村社会でアウトサイダーとして生きた家族のメンバーにはぴったりだった。

 ちょっと練習すれば、どこへでも自由に行ける。高いところからは遠くが見渡せる。この俯瞰する感覚はたまらなく好きだった。女の子にスキーなんかさせて無駄だ!と言わんばかりの周囲の目にも負けずに、雪国生まれならスキーくらいできなくちゃ!と母は中学生のわたしに板を買ってくれた。成長盛りの子供に大きめの服を買いつづけた母が選んだスキーがまた、ひどく長くて苦労したけれど💦 

 学生のころだったか。ひと滑りしたあとバスに乗って帰路についた。夕暮れ近く、つんとくる冷気のなかを走るバス。窓ガラスの向こうに、山際を紅に染めて沈む夕陽。バスを降りるとチラチラとまた雪が降ってきて、ストックを握る赤い毛糸の手袋にふわりと落ちる、雪のひとひら、ひとひら。目を凝らすと結晶がいくつか見えた。バス停のぼんやりした明かりのなかでも。

 雪の記憶。おぼろげな記憶のトンネルを抜けて、いまでもくっきりと結像する雪の記憶。

 そして2026年1月1日に東京の郊外で、全身に光を浴びて咲くパンジーの花たち。