今年もよろしくお願いします。
いったい何が待っているのやら、あたりを見まわしても、希望がもてそうなことが、残念ながら少ない。でも、まがりなりにも、ことばを吐く人間が、「絶望」なんて、恥ずかしくて口にはできない。
諦めずに日々を迎えることに希望があるとしたら、みずから光を発していくしかないのだろうと、ハン・ガンのスピーチを思い出しながら考える。遠くにあるもうひとつの光を見つけて、そこへたどり着くための細い光を出しつづけること。
フランスでなくても、北海道の積雪地帯からやってきたわたしの記憶では、お正月はいつも雪が降っていた。おさないころは、お雑煮を食べたあとはやることもなくて、外へ出て降りしきる雪のなかにぼうっと立っていたりした。降る雪は見ていて飽きない。
中学生になると、1月2日はスキーの板をかついで、隣町のスキー場へ行ったものだ。スキー場といっても名ばかりの、林のなかに開けたただの斜面。もちろんリフトなんかない。汗びっしょりになって横向きに斜面を上り、あっという間に滑り降りる。
スキーはたったひとりで行うスポーツだ。隣にいたと思った人が、数分後には、いや、数秒後には、はるか彼方だ。みんなでワイワイという感覚はない。そこが好きだった。群れない。つるまない。村社会でアウトサイダーとして生きた家族のメンバーにはぴったりだった。
ちょっと練習すれば、どこへでも自由に行ける。高いところからは遠くが見渡せる。この俯瞰する感覚はたまらなく好きだった。女の子にスキーなんかさせて無駄だ!と言わんばかりの周囲の目にも負けずに、雪国生まれならスキーくらいできなくちゃ!と母は中学生のわたしに板を買ってくれた。成長盛りの子供に大きめの服を買いつづけた母が選んだスキーがまた、ひどく長くて苦労したけれど💦
学生のころだったか。ひと滑りしたあとバスに乗って帰路についた。夕暮れ近く、つんとくる冷気のなかを走るバス。窓ガラスの向こうに、山際を紅に染めて沈む夕陽。バスを降りるとチラチラとまた雪が降ってきて、ストックを握る赤い毛糸の手袋にふわりと落ちる、雪のひとひら、ひとひら。目を凝らすと結晶がいくつか見えた。バス停のぼんやりした明かりのなかでも。
雪の記憶。おぼろげな記憶のトンネルを抜けて、いまでもくっきりと結像する雪の記憶。