PC内の資料を整理していて、発見したものがある。「山室静」というフォルダだ。
学生時代から山室静の名前は知っていた。教養文庫というのがあって、そこで山室静が、聖書やギリシア古典を簡略にリライトして、物語として読ませる本を何冊も書いていた。その日本語がわたしにはピッタリきた。変に学者ぶらず、小難しい衒学的な用語で読者を煙に巻くこともない。しなやかな、開かれた文章だった。
2025.4.29 |
どんな生い立ちで、どんな活動をした人かは、調べるとすぐに出てくるので、ここでは詳しく書かないけれど、苦労して学び、信州と東北に住まい、堀辰雄らと季刊誌「高原」を創刊し、1946年には本多秋五、埴谷雄高らと共に「近代文学」の創刊に加わったとある。その後は日本女子大学で教えた。無類の酒好きだったらしい。
山があっても登らなかった、海があっても泳がなかった、人生あともう少し──というようなことをエッセイ集のあとがきに書いていた。30代のわたしは思わず笑ってしまったけれど、妙に印象に残った。
そんな面白さに惹かれて、たぶん詩も読んだのだろう。書き写して作ったファイルを2005年にPCに入れたところを見ると、よほど気に入っていたらしい。
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焼跡にて
昼はひねもす無用の書を読み
夜は夜もすがら埒もなき夢を見て--------
こんな詩句を書いてからでも
もう十年あまりたち
いつのまにか七十五歳を越えた
目が霞んできて本を読むのもさすがに物倦く
酒もめっきり弱くなって
酔うとやたらに転んでばかりいる
そんなところへ突然火を失して
書斎と半生をかけて蒐めた本を焼いた
それでも命のあるかぎりはうろたえずに
さりげなく生きて行かなければならぬ
昨日は牡丹を植え
今日はフシグロセンノウの種をまき
筍を二本掘り取った
あとは昨日も今日も焼け残った黒焦げの本の整理-----
ただページを開くとばらばら落ちる黒い灰や砂に
とても読む気力は出ない
そこで早目に寝床について
うまくもない酒をチビリチビリやりながら
睡りと埒もない夢が訪れるのを待つ
裏山でフクロウがホーホー鳴いている
山室静『詩と回想 ひっそりと生きて』
(皆美社 一九八六年七月三十日発行)
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2025.5.2 |
PS: 多くの人はアンデルセンとかムーミンとか児童文学の翻訳者として記憶しているんだろうな。わたしももちろん読んだけれど、結局、93歳で老衰で他界したんだよね、このかた。