気の早い予告です。まだひと月も先のことなんです。でもいわずにいられない/笑。
モザンビークの作家、ミア・コウト(1955~)の作品を抄訳しました。1996年に出た『フランジパニの露台/A Varanda do Frangipani』から第1章「死んだ男の夢」です。
訳したといっても、原著はポルトガル語で書かれていますから、わたしには手が出ません。デイヴィッド・ブルックショーが英語に訳した『Under the Frangipani』(2001)からの重訳で、ひと月ほど先の、4月初旬発売の「すばる 5月号」(集英社)に掲載される予定です。
この作品を読んですっかり魅了されたのは、アフリカ南部に共通する世界観のようなものが色濃く出ているからです。でも、そんなことをいったらコウトのほかの作品だってそういえる、と反論が返ってきそうですが、とくに「カメレオンが神さまから人間に永遠の生命をさずけるというメッセージを運んでいくうちに手間取って、そのうち神さまの気が変わって反対のメッセージを伝える使者が出されて……」という話がふいに出てきて、あ、これはマジシ・クネーネだ、あの「ズールーの創世記神話」の骨格になった話型そのままだ、と思ったのがこの作品をまずとりあげた理由です。
あれは必ずしもズールー民族に固有の神話ではないかもしれない、アフリカ南東部に住み暮らす人たちには、多少の違いはあっても、広く共通する世界創生の神話かもしれない、と思ったのですが、とにもかくにもそれが大きな収穫です。偏狭なナショナリズムは「俺たちに固有」という言い方をやたら強調したがるけれど、じつは周辺にいる複数の民族のあいだで共有されてきた話が多いのではないかと。でも、じつはこの本にはエピグラフに「シャカ」のことばも引用されています。ズールー民族の武勲のほまれ高い英雄です。ということは……?!
本来ならポルトガル語に達者な方が直接、原語から翻訳すべき作品だと思いますし、ミア・コウトが日本の文学圏に紹介されるべき作家であることは間違いないのですが、待てど暮らせどそんな知らせが聞こえてこない。それで、しびれを切らして試訳しました。
あらためて思ったのはミア・コウトは詩人なんだということと、環境生物学者であること、です。かならずといっていいほど作品に動物が出てくる(フラミンゴとかライオンとか)。動物と人間の不可分の関係が(これこそ「アフリカに固有の」といえる?)摩訶不思議な話となって紡がれていきます。
たとえばこの『フランジパニの露台』では「ハラカブマ」と呼ばれる「センザンコウ」が大きな役割を演じます。背中がびっしりと鋭い鱗でおおわれた哺乳動物です。蟻を食べる。くるりとまるくなる。検索するとたくさん写真も出てきますが、作中ではこの「鱗」が暗示的に、効果的に使われています。
解説に「白い肉体、黒い魂」というタイトルをつけました。この作品の英訳にある故ヘニング・マンケル(スウェーデンの著名な作家、児童文学者)の前書き「White Body, Black Soul」からいただいたタイトルです。これはフランツ・ファノンの『黒い皮膚、白い仮面/Peau Noir, Masques Blancs』を意識したものでしょうね、きっと。
ミア・コウトについては、じつはここでも触れました。ブエノスアイレスのサンマルティン大学で、J・M・クッツェーが年に2回開いている「南の文学」講座に、昨年、南アフリカのアンキー・クロッホといっしょに、講師として招かれていたのです。
まあ、とにかく本邦初訳です。「すばる 5月号」、ぜひのぞいてみてください。