2017/12/30

白い濁り湯にひたる愉楽──木村友祐『幸福な水夫』

木村友祐『幸福な水夫』(未来社刊 2017)

 師走もおしせまった日に届いた、凝った装丁の『幸福な水夫』をはらりと開いて、つい読みふけってしまった。八戸から恐山をぬけて、老父と中年にさしかかった息子2人が温泉まで旅する物語は、最初から微温の湯に入る感覚で、どこかに思わぬ仕掛けが埋め込まれているかもなどと緊張せずに、安心して読みすすめられる。そこがいい。
 登場人物の人間関係がなんともマッチョな「男の世界」だけれど、人肌が感じられる下北弁での会話はどこか懐かしく、背後に戦後日本の時間の流れや、物語を加速させる叶わなかった父の恋を埋め込んだ物語としても楽しめる。

 ひなびた温泉旅館のスナックで、都会からやってきて、標準語で話してもらわないとわからない、と冷笑的にいう男たちに向かって、主人公があびせることば:下北では下北弁が標準語だ! がメトロポリスに抗する地方の力学を見事に描いていて、圧巻。
 どこまでも理知的な技巧を凝らしたクッツェーの作品のあとに読むと、肩の力がふいに抜けて、白い濁り湯にひたる気分になるのは、温泉に入りながら都会暮らしの緊張をほぐす主人公だけではない。荒っぽい男たちのことばの陰に埋め込まれた、田舎の土地が養う朴訥さに、まっすぐ反応する自分がいることを再確認させてくれる作品だった。

 ひと足お先におせち料理をいただいたような気分。ひょっとして、いろいろ心が挫けそうなことの多かった年の瀬に読むにはふさわしいかも。凝った装丁本は限定1500部!