2010/04/22

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ来日!!

ビッグニュースです!

アメリカにいる、きみ』の作者チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが、9月末に来日します。
 国際ペン東京大会に正式招待されました。
 9月26日からはじまる世界会議にさきがけて、早稲田大学で開催される「文学フォーラム」で作家みずからが朗読やスピーチを行います。

 アディーチェが登場するのは9月24日(金)16時から、場所は大隈講堂です。みなさん、ぜひこの日は早稲田へ!! いまから予定に入れておいてください。

 それまでには、ビアフラ戦争をバックにしたラブストーリー『半分のぼった黄色い太陽』を出さなければ・・・。河出書房新社から、8月末刊行の予定です。お楽しみに! 本の内容紹介はこちらへ

 この作品はまた『ラスト・キング・オブ・スコットランド』を手がけたアンドレア・カルダーウッドのプロデュースで映画化されます。2011年の完成予定と伝えられています。これも楽しみ!

 そうそう、「シングル・ストーリーの危険性」というアディーチェのスピーチに日本語の字幕がつきました。こちらです。


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2010.6.16 追記/アディーチェ来日公演の時間が変わりました。9月24日(金)18時スタートです。詳しくはこちらへ

2010/04/15

南アフリカを知るための60章

今朝、見本が届きました。

南アフリカを知るための60章』(明石書店刊、定価2100円)

 南アフリカの本格的な入門書が出ました。
 表紙には、ホワイトクローバーの花冠をかぶり、額から鼻筋にかけて緑色に、両サイドを赤と青にペインティングした女の子が写っています。隣の、にっこり笑った女の子の顔にも、南アフリカの国旗を思わせるペインティング。

 この本は、歴史、人種、エスニシティをめぐるこの国の成り立ちから始まり、ポストアパルトヘイト時代の政治、世界が注目する経済、ダイナミックに変容する社会、底流をなす文化力、日本と南アとの深い関係、アフリカのなかの南アの位置、となかなかに多様な切り口で、執筆者が思い思いのスタンスから書いています。

 書き手に共通するのは、編者の峯陽一さんのことばを借りるなら、「持続的に南アに関心をもち、仕事というより各人の人生の「こだわり」として、南アという空間に心を寄せて来た」ことでしょうか。長いあいだ、深く、熱くつきあってきた人たちや、これからじっくりつきあっていこうと考えている若い人たちが、それぞれのこだわり方によって、それぞれのテーマで書いています。だから、教科書的な統一感はありませんが、逆にそこが、とても大きな魅力になっています。

「ノーベル賞作家 J・M・クッツェー」について私もコラムを書きました。話は、彼が2006年と翌年の2度に渡って来日したときのことが中心です。

 ぱらぱらとめくりながら、ああ、知らないことが多いなあ、そうか、最近はそういう感じか、あのときはそういうことだったのか、と教えられることが多い内容です。机に向かっているあいだは、手を伸ばせばすぐに取れる位置に置いておく本になりそうです。

 巻末には「南アを知るための読書案内」もついていて、これがめっぽう便利。明日、16日の発売です。

 お薦めです。

南アフリカを知るための60章』 

2010/04/12

デイヴィッド・クッツェーが死んだ

2010年1月24日、南アフリカ出身のジャーナリスト、デイヴィッド・クッツェーが死んだ。享年66歳。死因は中皮腫、アスベストなどが原因で起きる肺の病気だ。煙草は吸わなかったという。

 J・M・クッツェーに弟がいることは知っていた。ジャーナリストであることも知っていたが、ファーストネームは寡聞にして知らなかった。三部からなる自伝作品の第一作目『少年時代』にも弟のことは何度か出てくる。『マイケル・K』が最初のブッカー賞を受賞したときの、サンデータイムズの記事が印象的だった。それは、記者に弟のことを訊ねられた作家が、どうやら話題をさらりと転じたと分かる記事だった。

 1943年生まれのデイヴィッド・クッツェーは、ケープタウン大学を出てからロンドンと南アを往還するような生活だったらしい。SouthScan という独立メディアを創設して、80年代以降、果敢にアパルトヘイトの実態を外部世界にむけて、妥協をゆるさず報道した。兄ジョンが解放運動そのものとは距離を置きながら、作家活動をフロントとしたのとは対照的に、具体的にANCなどの組織のメンバーとも親しく交流していたと伝えられる。さらに解放後のターボ・ムベキの政治について本を書きあげていたとか。

 いくつかの記事を次のサイトで読むことができる。たとえば:

 南アのサンデータイムズ
 オールアフリカ
 ガーディアン

 それにしても、ちょっと驚いたのは「デイヴィッド」という名前だ。そう、解放後の南アフリカで、検閲制度が撤廃された時代の南アフリカで、 J・M・クッツェーがのびのびとした筆遣いで書いた小説、さらに、作家クッツェーが南アフリカを出るきっかけを作ることになったあの傑作『恥辱』(原タイトル Disgrace は「恥さらし、面汚し」といった、外部から見た状態の意味合いが強い)の主人公の名前、それが「デイヴィッド」だったのだ。

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付記:2012年9月4日 クッツェーが南アを出てオーストラリアへ移った時期が、ちょうどDisgraceが南ア政権党から批判を受けた時代の数年後だったために、それがなんらかの影響をおよぼしたと誰もが考えがちだったが(かくいう筆者も)、批判そのものが彼の移住の直接の理由ではないし、「きっかけ」でもなかった。90年代から「住む場所を変えること」は考えていたらしい。その時期が偶然重なったのだろう。訂正したい。

2010/04/09

『流火草堂遺珠』──安東次男

昨年9月、ふらんす堂から中村稔氏の編集で安東次男の拾遺句詩集、『流火草堂遺珠』が出た。
 帯には「『安東次男全詩全句集』(思潮社)に未収録の俳句と詩の作品を中心に、俳句三九一句、詩七篇を収録・・・この『流火草堂遺珠』には、安東の詩人として出発する以前のすべてがある」とある。

 今日、4月9日は安東氏の命日。2002年の春、いつもより少し早く満開を迎えた桜をたっぷり目にして旅だったと聞いている。

2010/04/04

アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェのベストセラー小説『半分のぼった黄色い太陽』の初稿ゲラ読みが一段落して、ほっと一息です。
 これは1960年代末にナイジェリアで起きた内戦/ビアフラ戦争を時代背景に、そこで生きた人たちの姿を、三色の珠にして交互に繋いでいったような物語です。
 
 語り手は3人います。まず田舎から出てきたウグウという13歳の利発な少年、つぎが裕福な家の美しい娘でロンドンの大学で修士をとったばかりのオランナ、そして9世紀にさかのぼるイボランドのイボ=ウクウ美術に魅せられてやってきた碧眼の英国人リチャードです。この3人が代わる代わる語り手となって物語はすすみます。

 オランナにはカイネネという双子の姉がいて、容貌も性格もまったく違います。そのカイネネにぞっこん惚れ込み恋人になるリチャード。いっぽうオランナには、大学で数学を教えるオデニボという一風変わった恋人がいて、やがて2人は結婚します。ウグウはこのオデニボの家のハウスボーイです。

 ひとつひとつの出来事が三面鏡に映し出されるように、微妙に重なりあいながらもくっきりと異なる視点から立体的に語られて行く、そこがすごく面白くて新鮮です。なんといってもアディーチェの歴史感覚と人物たちの心理描写には舌を巻きます。この作品を出したとき彼女は弱冠29歳だったというのも、訳了してあらためて驚きました。

 アップしたのは英国版、米国版のそれぞれのハードカバー(上段左のリアルな少年の顔が英国版)とペーパーバック(下段左の少女の横顔が英国版/註:勘違いして逆に書いていましたので訂正します。2011.1.1)のカバー写真です。日本語版はどんなカバーになるのでしょう。楽しみです。

 ちなみに発売は8月の予定。版元は短編集『アメリカにいる、きみ』とおなじ、河出書房新社です。じつはほかにも、おっ! というビックリニュースがあるのですが、それはもう少したってからお知らせします。お楽しみに〜。