樹 ── 高原の夏に
ぼくがおまえを見ると
おまえがぼくを境界づける
血を流している 世界のたしかさで、
血はもう光をもつてはいない
血は血のいろに燃えているだけだ。
そんなときおまえは じぶんの足許に、
身ぶるいする影をもつ
だが 影はおまえをもつてはいない!
おまえは
世界で 最初の孤独になる、
そのおまえがもつ
無限に 対象からやつてくる認識、
血のいろに 燃えている 人間。
と、光がぼくにかえされ ぼくは逆流をはじめる
ぼくが おまえと入れ替り、
ぼくが世界で最初の樹になる。
詩集補遺──『安東次男全詩全句集』(思潮社刊、2008)
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昨日の「球根たち」は安東次男の詩のなかでも、最も有名な詩のひとつだ。代表作をいくつか、と問われるとたいていの人はこの作品をあげる。
それにくらべると、今日の詩「樹」はあまり知られていない作品だと思う。昨年の夏に出た『全詩全句集』をはらりと開いたら、この詩が出てきた。この詩人の作品行為の原型のようなものを表していて、ともて興味深い。「The Poetics of Reciprocity」ということばを思い出した。