2014/08/16

クッツェー三部作こぼれ話(2)──『少年時代』『青年時代』から

 ユダヤ・キリスト文明の源流にさかのぼってものを考える、というのが J・M・クッツェーの思考には常にあるのだけれど、預言者イエス・キリストについても彼は何度か面白いことを書いている。

たとえば『少年時代』にジョンが通ったカレッジ(ハイスクール)は聖ジョゼフ・カレッジという学校だった。マリスト修道会が経営するローマ・カトリック系の学校だ。
 1950年代の南アフリカは、1948年に政権を握ったアフリカーナー民族主義者たちが、教育にも人種別教育を強制し、白人の通う学校にも選民思想たっぷりの歴史の教科書を使わせた。『少年時代』には思春期の鬱屈した感情がたっぷり書き込まれている。しかし、カンネメイヤーの伝記によれば、南アフリカ国内の潮流として相対的に見ればではあるが、かなり自由な雰囲気のなかで少年はハイスクール時代を過ごしているという。

『少年時代』に描かれるこのハイスクール時代、アイルランドから移民してきたばかりの、青白い青年教師ウィーランという人物が登場する。このアイルランド愛国主義者が教える英語の作文の授業で、ジョンは良い点がとれたためしがない。書きたくもないテーマでいやいややらされる作文。それでも、ふと筆が走って思わずどんどん書いてしまった作文、これが馬に乗った街道の盗賊のことなのだ。なぜこれを書いたのか、出てきたのかもよくわからない物語だ。これはなんと関連するのか? ずっと考えていた。 

 往復書簡集のゲラを読んでいて、謎が解けた。これは18世紀末のドイツの作家、ハインリヒ・フォン・クライストのある作品に深い関係がありそうだ!
 もうひとつ、学友たちがミサの礼拝に行っている時間に、カトリックではない子供たち、たとえば彼のような、どちらかというとピューリタンに属する子供(少年自身は無神論者だと考えている)、あるいはユダヤ教の家族の子供、さらには裕福なギリシア人の子供(家族はギリシア正教?)は、カトリックの子供たちがミサ礼拝に行っているあいだ、教室でその教師ウィーランと聖書を読むことになっていた。そのくだり。

 「ミスター・ウィーランの聖書の授業に対する彼の反発は深まるばかりだ。キリストの譬え話が本当はなにを意味するか、ミスター・ウィーランはなにもわかっていない、と確信する。自分は無神論者だし、これまでもずっとそうだったけれど、ミスター・ウィーランよりはるかにキリストのことを理解していると思う。キリストがとくに好きなわけではないが──キリストはあまりにもすぐかっとなる──我慢する覚悟はできている。少なくともキリストは自分が神であるふりをしない、それに父親になる前に死んでしまった。それがキリストの強みだ。それが力を保持している理由なのだ。」
            ──『サマータイム、青年時代、少年時代』p151〜152

 引用部にある「それに父親になる前に死んでしまった。それがキリストの強みだ。」は、作家みずからが父親になって初めて見えてくる視点だろう。少年時代に考えたこととは思えない。こういうところに作家クッツェーの本音がぽろりと出てしまうところが面白い。

 キリストとの絡みは『青年時代』にも出てくる。ロンドンでパゾリーニの映画「奇跡の丘」を観るところだ。さらに、いまゲラ読みをしている『ヒア・アンド・ナウ』にもユダヤ・キリスト教文明と自分の存在の関係を歴史的に見て述べる箇所があって、これは「オリエント」の一部であるこの群島に住む者としては、クッツェーという作家の仕事の全体像を、相対的かつ俯瞰的に考える必要のある重要部分だと気づくところだ。

(註/上の3枚の写真は2011年11月にケープタウンに旅したときに撮った、聖ジョゼフ・カレッジの写真)