2013/04/08

ジョン・クッツェーとの時間(4)

予定より少し遅れて、『少年時代』の訳の見直しが終了した。

 まず、クッツェー自身が書き込んだ三部作オリジナルテクスト(Scenes from Provincial Life)の変化と元の単行本テクストとの差異をチェックするため、13年前にみすず書房から出た拙訳と一行一行付き合わせ、差異があれば旧バージョンのオリジナルテクストを参照しながら改訳し、さらに改訳すべきところを改訳し、さらに三部作としての全体の文体を考慮しながら整え、さらに......といった作業をしていると、思った以上に時間がかかった。

 作業の途中でジョン・クッツェー自身が来日したこともあり、いくつか不明点を解決し、さらに三部作として読み込むと、新たな発見がいくつもあった。不透明だった部分、ただ読み過ごしていた部分があちこちで響き合っていることがわかり、小躍りしたくなるような面白い発見もあって、すごく濃密な翻訳時間を体験することになったのは嬉しいかぎり。たとえば『サマータイム』のある部分と、『少年時代』のある箇所が響き合っていたりするのだ。クッツェーが三部作をまとめた意味も、あらためて深く納得した。

 3月初旬、来日したジョン・クッツェーとおしゃべりしていて、彼のフランス語訳者の話になった。最初は、Sophie Mayoux という人だったのが、途中からCatherine Glenn-Lauga に変わったのだ。この二人の翻訳者と作家との関係、というか無関係というか、ここのところがちょっと複雑かつ微妙だ。

 この Sophie という名がまたややこしいことに、『サマータイム』の語り手のひとりとして出てくるのだ。作中では、70年代初めにケープタウン大学で同僚として働き、恋仲でもあったことになっている。ジョンより10歳年下のソフィーのことばには、フランス人らしいエスプリのきいた皮肉がたっぷり含まれているのだけれど、一方、当時のジョン・クッツェーの思想や反アパルトヘイト運動との関わり、ジャーナリズムとの関係などを、的を射た表現で、外側から伝えてくれる役回りも割り当てられている。

 来日時のおしゃべりで、『サマータイム』のソフィーですが、最初のフランス語訳者とおなじ名前ですねえ、とシャルドネで軽く酔った頭で話題にすると、彼は「Sophie is a common name./ソフィーはありふれた名前でしょ」といって、にやりと笑った! カトリーヌとは30年以上の友人だともいっていた。そうそう、カンネメイヤーの伝記にも何度も出てきたから、わたしもそれは知っていたが.....。
 カトリーヌは1970年代にケープタウンに住み、家族ぐるみで当時のクッツェー一家と交遊があった人だ。『ダスクランズ』が出た直後に著者と膝詰めで仏訳していた人でもあった。つまり、アトリッジ氏が語っていたように、『サマータイム』の登場人物にはいろんな人のチップがアマルガムのように、寄木細工のように集められ、人物造形がなされていることになる。ふ〜ん、面白い。

 もうひとつ、来日時に作家は、自分の作品のドイツ語版を読むのが面白い、another self を読むような楽しさがある(日本語も読めるといんだけれど....)、と語っていたっけ。これもまた、ふ〜ん、である。

 思えば、1988年に初めて Life & Times of Michael K を手にしてから25年の歳月が流れた。あの作品との出会いが、考えてみるとわたしの人生を大きく変えたといっても過言ではないかもしれない。そんなこともおしゃべりできた今回のジョンの来日は、ケープタウン訪問のあとでもあり、以前とくらべて、肩の力を抜いた会話を楽しめる得難いチャンスでもあった。こんな機会をあたえてくれた、すべての人に深く感謝! (了)