2013/03/23

ジョン・クッツェーとの時間(3)


 さて、そんなジョン・クッツェーとの会談は、2006年の初来日、2007年の再来日につづいて今回で3度目。初回はお茶を飲みながら、がちがちで緊張の塊のような会談だったけれど、2度目は再会だったから会話ははずんだ。しかし3度目の今回はそれ以上にリラックス、彼の顔からは笑顔もふんだんにこぼれた。ちょっと嬉しい驚きだった。人との関係はまちがいなく時間によって、ゆっくりと熟成されるのだとあらためて感じた。

 いつものように彼が滞在するホテルのロビーで待ち合わせた。「このホテルは迷路のようで、なんども迷った」という彼とT氏とともにエスカレーターで地下のカフェへたどりつき(地下といってもガラス窓の外は地上)、三部作の翻訳をめぐる疑問点をいくつか解決した。『少年時代』に出てくるエディー少年の年齢について質問したときの、作家のリスポンスが傑作だった。話はこうだ。

 『少年時代』では、ケープタウンの家に住んでいるころ、ステレンボッシュのおばさんの紹介で、イダの谷から住み込みの家事手伝いとして「カラード」の少年がやってくる。名前はエディー、7歳だ。しかしエディーは2カ月後に逃げ出す。
 主人公のジョンはエディーより7カ月年下で、エディーがイダの谷に帰ったあとも、エディーには借りがあると思い続ける。なぜなら、ジョンが8歳の誕生日にもらったお小遣いで買った自転車に乗れるようになったのは、ほかならぬこのエディー少年の指導のおかげだったからだ。
 
 しかし、このエピソード、よく考えてみると辻褄が合わない。逆算してみよう。ジョンがエディーより7カ月年下なら、ジョンが8歳になって自転車を買ったときエディーは8歳7カ月だ。7歳で家にやってきたエディーが2カ月後に逃げ出したなら、これはどう考えても矛盾する。なぜなら、7歳でやってきて8歳7カ月になるまでには最低7カ月はかかるからだ。

 この矛盾については『少年時代』を訳した直後、悩んだ末に作家に手紙を書いたことがある。すると「嗚呼、間違いました!/Alas! I simply made a mistake.」という返事が来た。思わず脱力した。1999年秋のことだった。今回「三部作にするため全面的に見直した」と知らされていたので、当然この矛盾も解決されると期待していた。ところが、そのままだった。そのことを今回、直接ぶつけてみたのだ。すると.....

 話の途中で、作家は広げた両手を耳の位置まであげて、「ああああ、、、、そうだった! じゃあ、ジョンの年齢を7歳にしよう、7歳の誕生日にもらったお金で自転車を買うことにしよう!」とおっしゃるのだ。一瞬こっちが慌てた。「でも主人公の年齢を変えてしまうのはどうでしょうか、8歳のお小遣い、というのは読者にかなり強い印象を残していますから、むしろエディーの年齢を8歳にしたほうがいいのでは」と提案すると「じゃあ、そういうことにしよう」と結着がついた。
 というわけで、日本語版のトリロジーは『少年時代』に出てくるエディー少年の年齢がオリジナルとは異なる独自バージョンで世に出ることになった。読者のみなさん、訳者による数字の読み違えではありませんので、お間違えのないよう!(つづく